とうとう牛乳パックまで


昔は平気だったのに、今はぞっとするものがある。
日常の中でふと顔を出す、静かな違和感。
それは、ある日突然、苦手になっていく。

アイスの木の棒が歯に触れると、ぞわっとする。
ブランコに乗ると、酔いそうになる。
でんぐり返しは、もうできる気がしない。
階段を駆け下りること。一段一段、確実に下りないと怖い。
高い所。五階以上の窓から下を見ると、足がすくむ。
百メートルほどの上空にいるときは、「高い所にいる」と思うだけでぞっとする。
飴。舌がしびれる。
硬いアイス。歯が冷える。

そして最近、またひとつ仲間が加わった。
牛乳パックを鋏で切り開くときの、あのガサガサとした抵抗感だ。
ある日突然その手応えに、鳥肌が立った。

歳を重ねるにつれて、苦手なものが増えていく。
それは、感覚が鈍くなったからではなく、むしろ鋭くなったからかもしれないが、身体は昔よりも慎重に世界を受け取るようになった。
「これは嫌だ」「これは怖い」と、静かに教えてくれる。

この変化には、身体の仕組みが関係しているはずだ。
たとえば、平衡感覚をつかさどる内耳や、運動の調整を担う小脳。
これらの働きが少しずつ変わることで、揺れに酔いやすくなったり、高さに敏感になったりする。

でも、鍛えることもできるらしい。
バランスボールに座って揺れに慣れること。
目を閉じて歩いてみること。
腕を動かしながら目で追うこと。(でも眼球を動かしすぎると視力低下につながるそうだ)
小さな訓練が、感覚の再編を助けてくれる。

子どもの頃は、ブランコは風と遊ぶ道具だった。最大限高く漕いで、そこからジャンプして飛び降りることもできていた。(今はそれができないように柵がついている。まあ、危険な遊びだよね)
でんぐり返しは、いくら回ってもなんともなかった。
飴は、遠足のおやつに買っていた、宝石みたいな大きい飴が特別だった。
牛乳パックなんて、何一つ恐れる要素なんてなかった。

今は、身体が拒む。
私が自分を守ろうとしているのかもしれない。
あるいは、感覚が選び取る力を持ったのかもしれない。
でも、平気な自分でいたかったな。