視覚優位だから


「人間は、二足歩行を始めたから視覚優位になったのだ」という話を雑誌で読んだ。なるほど、と思う。ヒトは立ち上がって歩くようになったことで、目の位置が高くなり、遠くを見渡せるようになった。手が自由になったことで、道具を使い、火を扱い、文字を書き、そして——身なりを整えるようになった。

私たちが服を選び、髪型を変え、メイクをするのは、「見られる」ことを意識するようになったからなのだろう。視覚が優位になったからこそ、「見た目」が意味を持ち始めたのだ。誰かの目にどう映るか、自分の目にどう映るか。鏡の中の自分と対話するようになったのも、きっとその延長線上にある。

四足歩行の動物たちはどうだろう。彼らは、地面に近い目線で、嗅覚や聴覚を頼りに世界を感じている。だからだろうか、彼らの毛並みは保護色が多く、目立たない色をしている。見せるためではなく、隠れるための色。

一方で、鳥たちはまた違った様子である。彼らは二本の脚で立ち、空を飛ぶ。そして、驚くほどカラフルだ。孔雀の羽、カワセミの青、オウムの赤や黄。彼らもまた、視覚を通して世界を感じ、互いを見つめ合い、選び合っているのかもしれない。

でも、鳥の中にも地味な羽を持つものがいる。サルにも、鮮やかな顔や毛色を持つ種と、そうでない種がいる。より高い所で暮らす種とそうでない種の違いが何かしらあるのだろうか。環境や社会性、進化の偶然——それらが複雑に絡み合って、色彩は生まれているのだろう。