妻の貧困


新聞を見ていて、ドキッとした。これは私のことだ。記事の見出しが私を射抜いたようだった。

「世帯」に隠れる 妻の貧困

(2025年12月10日 朝日新聞 13版)

結婚して育児と家事を担うため、仕事をやめる女性のうち、配偶者から十分な生活費をもらえない女性が一定数いるという記事。住む場所もあり、食べる物もあるが、自由に使えるお金が少ない女性。生活できているから、当然貧困の数には含まれてこなかった女性。

ああ、私は貧困者だったのか。そうか、そうだったんだ。思い当たることばかりで、妙に納得し、そして取り返しのつかない時間を送ってきたのだと思った。

超就職氷河期世代。ロストジェネレーション。加えて、生まれ育った家も貧しかった。出産を機に、仕事をやめて無収入になってからも、ずっと貧しさと付き合ってきた。

子どもが大きくなってから仕事は再開したが、稼いだお金は子どもの諸費用や生活費に消えていく。ポイ活、割引、クーポン、中古品。すっかり「おトク」に取りつかれた生活を送っている。まあ、楽しい部分もあるので、それはそれでいい。

仕事を再開して10年。ようやく貯金ができるようになり、NISAを始められ、2か月に1回美容室に行けるくらいの余裕ができた。

でも、自分の服は古着ばかりだ。安く買うことに満足はしてるのだけど。

家事と育児に追われ、仕事に復帰できていなかったときに、歯の保険外治療をしたいと思ったことがあった。保険内治療では、見た目が気になる治療しか受けられなかったのだ。

収入がない自分には当然払えない額の治療費だった。意を決して夫に「お願い」したら、それは払えないと言われた。見た目を気にして高い治療費を夫に「お願い」した自分がすごくみじめな人間に見えた。その一か月後くらいに、夫はさほど必要でもないバイクを自分だけの意志で購入していた。

新聞を読みながらあの日のみじめさを思い出していた。心の奥がざわっとして、今も細かく揺れている。この揺れを抱えながら、今日も私はここにいる。