尊重されたいと感じている。
真面目に生きてきたし、家族のために家事をこなしているし、稼いだお金は家族のために使っているし。少しくらいなら、大切にされてもいいのではないかと思う。
そんな風に考えることが増えた。年齢のせいなのかもしれない。
自分はあまり大切にされてこなかった人間だな、と仲睦まじい親子やカップルを見ると思ってしまう。私を大切にしてくれる人に、私は出会えなかったなと。
父親が厳しい人間で、会えば今でもけなされるか否定される関係だからということもある。元気だったころの母親は、ヒステリックで悩みを打ち明けたり相談する相手ではなかったこともある。
子どもは非力だ。環境を変える力を持つには、時間もお金もかかる。
中学生から勧められた本で、表紙もかわいいらしいから、油断していた。ああ、本当に子どもの私は非力だった。そして今でも、親に対する重たい気持ちがぬぐえない。まだ、読んでいる途中なのだけれど、色んなことを思い出してしまう本だ。
生まれた環境によって、大切にされる人とそうでない人は、ある程度選別されてしまう。
自分を大切にしてくれる人と、出会える人とそうでない人が、自分の力が及ばないところで決まっていく。
出会いそのものが運に左右されるのだから、それは努力では届かない領域にあるのだろう。
出会うこと。それはただの偶然であるはずなのだけど。
大切にされる人は、その偶然を逃すことなく生きてこれた人なのだろうか。私はその偶然に、気づけなかっただけなのだろうか。
私の中に「不足」があったから、うまくいかなかったという一面も否定できない。けれど不足していたのは私だけではなくて、相手の心でもあったはずだ。
大切にしてくれる人に出会えなかった私にも、できることはある。
誰かに大切にされなくても、自分が自分を尊重すればいいのだ。出来る限り自分を尊重していくことを選べばいい。
大切にされなかった過去はもう覆せないのだから、そんな過去を嘆くより、自分を大切にすることで、大切にされたいという気持ちを満たせばいい。
本を読むこと。ネコと過ごすこと。少しだけ早く仕事を切り上げること。好きなバンドのライブに行くこと。いつもより長く寝ること。週に3日はジムに行くこと。好きな服を着ること。美味しいものをたべること。ぼんやりする時間をつくること。
できることはたくさんある。今はそれでいいと思う。
