車の点検に行った。
いくつが気になる点を見てもらったが、そのひとつにハンドルについている音量調節ボタンの不具合があった。音を小さくする方だけが、何度押しても沈黙したままなのだ。直りそうもない不具合なので、直ればいいな、くらいの思いで相談してみた。
点検が終わり、不思議な顔で言われた。「ボタンは問題なく動きますよ」──半信半疑でボタンを押してみると、今までとは違い、きちんと反応している手応えがある。ボタンはすっと反応するようになっていた。まるで最初から正常に動いていたような顔して。
それからは、問題なく使えるようになった。
それは単なる偶然だろう。
ボタンが触る人を見て動き方を変えるわけはない。でも、人を見るかのような変化だった。
それが面白かった。
人間の身体にも、微弱な電気が流れているという。
生体電流と呼ばれるそれは、脳や筋肉の動きを支えるものだけれど、通常の機械には影響を与えないらしい。
けれど、静電気や皮膚の乾燥・湿り具合によって、導電性が変わり、機械の反応にも差が出ることがある。それは相性みたいなものだ。
整備士の手は、機械に慣れている。
触れる角度や圧力が自然と最適になっていて、機械が「応えやすい」状態を作るのだろう。
あたかも、機械が“誰に触れられるか”を感じ取っているように。
気配に応える機械。
そういう面もあるのかもしれない。
似たようなことは、コピー機でも起きる。
調子が悪くて、何度やっても紙が詰まったり、エラーが出たりする。
それなのに、機械の扱いに慣れた人が同じ操作をすると、すっと動き出すことがある。
そんなとき、コピー機の機嫌がわるかったのかもと思ってしまう。
機械と人とのあいだには、目に見えない何かがあるのかもしれない。
それを証明することはできないけれど──
単純に、面白いと思う。
機械が反応しなかった理由を、機械は語らない。
だからこそ、私はその沈黙に、意味を探してしまうのかも。
