たかがレジされどレジ


仕事帰りに立ち寄るディスカウントストアがある。安くて便利、品揃えも豊富で、時間がある日は寄ることが多い。そこのレジは、商品バーコードを読み取るのは店員さん、支払いはセルフという仕組みで、必ず店員さんと関わらなければならない。そして、時間帯によっては不機嫌な店員さんに当たることがある。何を言われるわけではないけれど、不機嫌は伝わってくる。

「たかがレジ」だ。商品が買えればそれでいい。けれど「されどレジ」でもある。不機嫌な人に接すると心が沈む。「フキハラ」が仕事で疲れた心にじわじわ染みてくる。

私はレジでの支払いがもともと少し苦手だ。スムーズに支払えないと誰かを待たせてしまうから焦る。だから、最近増えてきたセルフレジや、支払いだけセルフで行うレジには、少し救われている。自分のペースで支払える安心感があるからだ。でもその一方で、初めて行く店は「この店はどのタイプのレジなんだろう?」と緊張感することも増えた。買い物って、やっぱり大変だ。

だからこそ、慣れた店で、親切な店員さんがいるところで買い物したいと思う。

家からは少し遠いけれど、働いている人がみんな感じのいいホームセンターがある。花の苗を買うときはその店を利用することにしている。家の近くにオシャレな園芸店があるけど、そこではなく、わざわざそのホームセンターへ足を運ぶ。いつ行ってもどのコーナーもみんな感じの良い人ばかりの店なのだ。きっと、働く環境がいいのだろう。一つ一つの対応が親切で心がふっと軽くなる。

感じの良い人がいるお店で買い物できたときは「今日はついてたな」と思える。

思い出すのは、昔観た映画『ペイ・フォワード』だ。子どもが「善意を3人に渡して、それぞれがまた3人に渡す」というアイデアを実行する話。善意の連鎖がいつの間にかつながっていく様子が静かに胸を打つ。

誰かの優しさが、次の誰かの優しさを生む。

「今日はついてた」と思える人が増えていく社会は、きっと良い社会だろう。誰かに丁寧に接すること、親切であること。できない日もあるだろうけれど、そんなことが当たり前にできる人でありたい。買い物の場面ひとつとっても、そこには人と人との関係がある。だから私は、今日も「感じのいい人」に出会えることを、ちょっとだけ期待してレジに並ぶ。