字にコンプレックスがある。性格がせっかちであるから、ゆっくり書くのが苦手だということもある。文字なんて、単純な線の集まりなのに、下手と上手が分かれるのが不思議だ。
思春期のころは可愛らしい字をかく子を羨ましいと思っていた。今は流れるようにきれいな文字を書く人を羨ましいと思う。
だから、ずっと文字の練習は続けている。お気に入りの教材もある。
このシリーズはいくつか種類があって、すべての種類を練習し終えてしまったので、今は二周目に入っている。文字の形が好みであることも、物語に沿っているから知識が身につくことも、書き込みやすいことも気に入っている。
この教材にこのペンで書き込むと、きれいに書けて楽しく練習ができる。
長年の練習の成果か、字を人から褒められることが増えた。
他の人から見ると、どうやら私の書く字はきれいな字らしい。でも、自分ではまったくそうは思えないから不思議だ。
別れのシーズンになると、寄せ書きに言葉を求められる機会が増える。前もって書いてきてと言われたときでも緊張するが、急に言われると余計にだめだ。
まず何を書くべきかと焦る。気の利いた言葉がすぐには浮かばないが、どうせならかっこいいことを書きたい欲も出る。その上、手に持たされたペンは書き直しの出来ない油性ペンだ。書き直しがきかない。焦り、緊張がマックスに達する。
緊張で手に変な力が入る。あるいは緊張が脳からの指令を手に上手く伝えてくれれず、ここぞという場面でいつもより字が汚くなってしまう。「うー。いつもはもう少しマシに書けるのに」と思いながら書き終わる。それだけならまだいいが、結構な確率で書き損じてしまう。
これ、もう何度も繰り返しています。間違える可能性が高い自覚はあるから、気を付けろよ私、と自分で自分に突っ込みつつ書きはする。でも、まだ上手く乗り越える自信はない。
別れのシーズンが終わると、書類提出のシーズンが始まる。自分も子どもも何かしら書類を提出する機会が増える。使うのは当然ボールペンなので、緊張した私は同じことを繰り返してしまう。同じような書類の場合は、前年度の書類をコピーして取っておくと、間違う可能性が減るのでそうしている。でも、毎回違うコメントを書き込まなくてはいけない子ども書類は、気を抜くとすぐに書き間違える。
書き損じたときは、出来る限りごまかして文字を続けようと努力し、一見すると間違っていないように見えるが、よく読むと不自然な日本語になっている。いや、書きたかったことはそうじゃない。私の指が勝手にこう書いてしまったのだと言い訳したいが、書類なのでそんなことはできない。
おそらく心構えと準備が必要なのだ。今年こそはバシッと決まる送別の言葉のストックや、親としてのコメント集を作って次なる機会に備えるつもりである。