朝日新書『2030 来るべき世界』を読み終えた。
新しい知見にあふれた内容だった。
特に、エマニュエル・トッド氏が語る「西洋の敗北」や「日本の核保有」という言葉は、胸に重く沈む。
理解できないわけではない。
世界が反グローバリズムへ傾き、制度が揺らぎ、信頼が失われていくなかで、国家が“力”に回帰するのは、自然な流れなのだろう。
けれど、それでも思う。
核保有に頼らずに生きていく道は、本当にないのだろうか、と。
核を持たない安全保障は「理想論」と片づけられがちだ。 しかし、制度や信頼を積み重ねることで安全を確保してきた国や地域は、歴史上いくつもある。
- 集団安全保障
- 信頼醸成措置
- 経済的相互依存
- 非核地帯条約
「武力の代わりに制度を強くする」という在り方だ。
確かに、“制度が崩れる世界”を前提とすると、核保有は合理的に見える。 だが、制度を立て直すという別の道も確かに存在することを忘れずにおきたい。
世界が自国優先へと傾くなかで、日本まで核保有に踏み込めば、その流れをさらに強めてしまう。 軍拡競争、地域の不信、国際協調の弱体化。 核保有は安全保障の選択であると同時に、世界の方向性そのものを変えてしまう選択でもある。
歴史を安定させてきたのは、個人のカリスマ性ではない。それは理念であり、制度であり、共有された物語であったはずだ。
国際連合も、欧州統合も、普遍的人権も、教育の普及も、すべて「何か」が世界を動かした例だ。
今必要なのは、分断を超える新しい物語なのだと思う。それが何かは分からないけれど。
生成AIが出始めたころ、そこに新しい物語の可能性を感じた。AIは本来、進歩の象徴のはずだった。 けれど現実には、分断を強める方向に働いてしまっている。
- 怒りや恐怖が拡散されやすい構造
- 注意を奪う設計
- アルゴリズムが対立を増幅する方が利益を生む仕組み
- 人間の認知バイアスを強化する作用
AIが悪いのではない。AIが“人間の弱さ”を増幅する方向に使われてしまっていることが問題なのだろう。
AIをもっと利他的な物語を広げる方向に使うこともできるはずだ。 そのためには、教育と言葉が不可欠だとやはり思う。
生き物が利己的であるのは自然なことである。
でも、人間はそこから一歩踏み出せる存在だ。
教育や言語、物語 によって育まれる利他性。利他性は共感力と言い換えてもいい。
教育は安全保障の一部であり、言葉は平和のインフラ なのだ。
制度を立て直し、 教育を強くし、 対話を続け、 相互依存を育てるという道。
私はそちらの道を信じたい。
教育と言葉が“分断を超える物語”をつくる力を持っていると思いたい。
