おしゃべりの続きを


心地よい風に吹かれて、庭の楢の木の新芽が揺れている。時折、桜の花びらが舞い落ち、何かの虫が横切っていく。遠くを行き過ぎる飛行機の音がして、その下をモンキチョウがひらひらと移動する。誰かを呼ぶようなカラスの声が聞こえる。
この瞬間を残す方法のひとつは、書くことだ。

春。

清少納言だったら、窓から見えるこの景色をなんと書き留めただろうか。

清少納言作、佐々木和歌子訳『枕草子』を読み終えた。

一冊まるごと口語訳で、難しさはなく、むしろ驚くほど軽やかに読める。清少納言は誰かを辛辣に批評したかと思えば、「この世で一番つらいのは人から嫌われることだ」と素直につぶやき、粥杖”でお尻を叩かれると子宝に恵まれるという俗信に乗じて、誰かのお尻を狙ったり狙われたりする。 海が怖く、海女を見ると気が滅入ると教えてくれる。

こうした日常の切り取り方は、まさに現代でいうエッセイストの素質そのものだ。
けれど、その明るい筆致の裏には、主である定子の父・藤原道隆の死をきっかけに、中関白家の行く末に暗雲が立ち込めていた現実がある。 その状況で、これほど軽やかに書き続けていたのだ。
少しでも明るく生きよう、明るく書こうと気丈に振る舞っていたのかもしれない。 あるいは、うまくいかない世の中を案じる自分を、書くことで励まし、慰めていたのかもしれない。
おしゃべりで気を紛らわすように、彼女は“書くこと”で気を紛らわせていたのではないかと思えてくる。

「海女を見ると気が滅入る」と書いた清少納言。 その視線の先にいた海女は、どんな姿だったのだろう。

平安時代の海女の姿は、記録が少ないものの、後世の資料や海女文化の連続性から推測できる。 1950年代まで、海女は白いふんどし一枚と頭布だけで潜っていたことが記録されている。 濡れた布は体温を奪い、動きにくくなるため、衣服はむしろ危険だった。 白は魔除けやサメ除けの意味もあったという。

つまり、清少納言が見た海女も、 ほぼ裸に近い姿で、冷たい海に素潜りしていた可能性が高い。

命がけの仕事。 冷たい海。 女性が担う過酷な労働。

宮中の繊細な生活の中にいた清少納言がその姿を見たら、
気が滅入るのは自然なことだと思う。
彼女は美しいもの、気の利いた会話、雅な世界を愛していた。
その視線の先に、命を削るように働く女性たちがいたのだ。

本を読みながら、近所の光景を思い出した。 隣の空き地で桜が咲き、人が立ち止まって話している。 仲良しの年配の女性たちが集まり、小一時間ほど楽しそうにおしゃべりしていた。

海女たちも、過酷な仕事のあと「海女小屋」で火を囲み、 おしゃべりをして気を紛らわせていたという。

千年前の宮中の女性も、 海で働く女性も、 桜の下で話す近所の女性たちも、 そして私も、 つらさを抱えながら、言葉で自分を保っている。

『枕草子』を読み終えた今、 その連続性が静かに胸に残っている。