小川哲『君のクイズ』を読んだ。
早押しクイズは、とにかく記憶力が勝負の要だと思っていたけれど、そうではないことを知った。
クイズ王になるのは、知識を生活にまで落とし込み、研究し、練習し、世界の見え方そのものを変えてしまった人たちだ。
早押しクイズの「沼」。
そこに入り込んだ人にしか見えない景色があり、そこには生きがいが宿っている。
この本を読み終えたとき、クイズとは関係のないところで、私は「勉強したい」と思っていた。
知識を持つことは、自分の時間の点と点をつなぐ道具になる。
過ぎ去った時間を、もう一度自分の手でつかまえるための、大きな手を与えてくれる。
そんな感覚が胸に残ったからだ。
「もう年を取ったら勉強なんて必要ない」
「ネットがある時代に、知識を頭に入れても意味がない」
少しだけそう思っていた。
でも、違う。
私のことを考えるのに一番最適な人は私だ。
だからこそ、自分の中に知識を増やすことは、どこまでも自分のためになっていく。
ネットにあるのは“情報”でしかないが、私の中に積み重なっていくものは“経験と結びついた知識”となっていく。学ぶことはとことん自分ごとなのだ。
月に10冊~20冊本を読むようになって、明らかに変わったことがある。それは、どんな話題でも、だいたい相手に合わせて話せるようになったことだ。
知らない話題を振られても、知らないことを知ろうとしている日常があるから、自然と興味を持って聞くことができる。
そして何より面白いのは、
人と話しているときに、普段は全く考えもしなかった言葉が、自分の中からふっと出てくる瞬間だ。
「あれ、私ってこんなこと考えていたんだ」
そんなふうに驚くことがある。
それは読書を重ね、勉強してきたからこそ自分の中から出てきた言葉だ。
自分の中に静かに積み重なっていたものが、会話の中でつながり形になる面白さ。
そういう言葉が出てきたとき、私は自分のことを肯定したくなる。
自分、面白い人間になったな、と。
そう思えるのは、知識が増え、
学んできたものが自分の世界とつながり、
外の世界とも響き合うようになったからだ。
学びは「必要だからするもの」ではなく、
自分の世界を深くし、生き方そのものをつくるためにするものである。
