古文の世界に灯をともす


自分とは生きる世界が違うと感じていた人のなかに、共感できる部分を見つけると嬉しい気持ちになる。
私はひとりで過ごす時間が好きで、どっぷり浸かるような人間関係は少し苦手だ。でも、うっすらつながっている感じは好きだ。
誰かの中に、「そうそう!そう思う!」と感じる瞬間がある。そのために本を読んでいる面もある。

三宅香帆さんの『(萌えすぎて)絶対忘れない!妄想古文』を読んだ。


「14歳の世渡り術」シリーズは何冊か読んだことがあって、中学生向けに作られているから読みやすい印象がある。ジャンルも幅広いので、自分の興味に合うものが必ず見つかる気がする。

古文をずっと教えてきたのに、まだ知らない面白いことがこんなにあったとは。
でもそれは、ある程度古文の知識があるから、得られた感情でもある。清少納言や紫式部が何をした人か全く知らなければ、興味持てない内容だったはずだ。
結局、知らないものは面白くないんだよね。
当たり前のことだけれど、改めてその事実に気づかされた。

もし今の自分の置かれている状況がどこか面白くないのだとしたら、まず“知ること”から始めるべきなのだろう。知ることで世界は少しずつ色づいていく。

特に心に残ったのは、清少納言と中宮定子の関係性だ。
身分の差があるのに、お互いを特別な存在として気にかけ合い、尊重し合っている。その距離感がとても人間らしくて、読んでいて胸が温かくなる。もし身分の差がなかったら、二人はきっと大親友になっていたのだろうと思う。

千年前の宮廷という遠い世界なのに、そこにいる人たちは驚くほど現代的だ。
好きなものに夢中になり、好きな人を求め、誰かを妬み、悶え、笑いながら生きている。
いつの世でも、人は同じように揺れながら生きているのだ。

そんな面白さを、授業でも伝えられたらいい。
文法や単語は“覚える”ことが目標なのではない。古文の面白さを味わうための鍵なのだと、生徒が自然に思えるような授業をしたい。
古文の世界に灯りをともす“面白さの案内人”として教壇に立てたら、それはきっと私にとって理想の授業になるだろう。
自己研鑽せねば。そう思える読書だった。