「細胞」と「筋肉」の若さ


小幡史明『「腹八分目」の生物学』を読み終えて、戸惑いを覚えた。


「腹八分目は体に良い」という昔からの知恵が、分子生物学の視点からどのように説明されるのかを期待していたのだけれど、読み進めるほどに単純な話ではないことが分かってくる。
驚いたのは、タンパク質、とりわけメチオニンというアミノ酸を制限すると寿命が延びるということだった。

私はこれまで、「若さを保つには筋肉が必要で、そのためにはタンパク質が欠かせない」と思い込んでいた。実際、年齢を重ねるほど筋肉量は落ちやすくなるし、タンパク質不足はサルコペニアの原因にもなる。だから「タンパク質を減らすと長生きする」という話は、事実に反しているように感じられた。

けれどここでいう「若さ」は二種類に分けて考える必要があるらしい。

ひとつは、細胞の若さ
酸化ストレスや代謝の乱れを抑え、細胞がゆっくり老いていくように調整する“内側の時間”だ。メチオニン制限が効くのは、この細胞レベルの老化速度に関わる部分で、若い時期ほどその効果が大きいという。

もうひとつは、筋肉の若さ
見た目の張りや動きやすさ、生活の質に直結する“外側の時間”だ。こちらは年齢を重ねるほどタンパク質が必要になるし、食事制限をしすぎるとむしろ衰えを早めてしまう。

この二つの若さは、まったく別のメカニズムで動いている。だから、同じ瞬間に両方を最大化しようとすると、どうしても矛盾が生まれる。
「細胞の若さを優先するなら食事制限が効く」
「筋肉の若さを優先するならタンパク質が必要」
この二つは、どちらも正しい。

では、どちらの若さも求めたいときは、どう折り合いをつければいいのか。

それは、“時間軸をずらす”という考え方を持つと解決できる。

若い時期は、細胞が食事制限に反応し、老化速度をゆっくりにできるから、たんぱく質を取り過ぎないようにする。
年齢を重ねると、その反応は弱まり、むしろ筋肉や免疫の維持が優先されるため、たんぱく質を取るようにする。
今、自分が人生のどの段階にいるかによって、食事の内容を変える必要があるということだ。

「細胞の若さ」と「筋肉の若さ」は二つの時計がそれぞれのリズムで進んでいる。どちらかを選ぶのではなく、どの時期にどちらを大切にするかを考えることが大事なのだろう。でも、「若い時期」とは、いつまでか、その見極めが難しい。一応65歳という線引きは示されていたが、個人差があるそうだ。

何をどれくらい食べるのかは、置かれた年齢によって考える必要があるが、どの年齢であれ、食べすぎが体に良いという状況はほとんどないことは事実だ。
食べすぎれば代謝の負荷が増え、炎症や酸化ストレスが高まり、細胞の老化を早める。

若さをどう保つかは、単純な栄養の話ではなく、身体の中にある複数の時間をどう扱うかという問題なのだと思う。
細胞の時間、筋肉の時間、生活の時間。
それぞれの時計が少しずつずれながら進んでいく。そのずれをどう受け止め、どう調整していくか。見極めながら年を重ねていけたらいい。