葬儀という区切り


2026年の年末年始は、出来る限り予定をいれずゆっくりと過ごしている。今日は気温こそ低いけど、天気がよくて窓から差し込む陽光が心地いい。
窓辺に猫と並んで座りながら外を眺めるだけで、「充分だ」という気持ちになる。ただそこにいるだけで満たされる時間がありがたい。

連休中にやりたかったことがある。
積読になっていた本を5冊同時に読み進めるという、読書三昧の時間をすごすこと。どれか一冊を読み終えたら、また別の一冊を足して、常に5冊を行き来する。小説、エッセイ、学術書、温度が少しずつ違うから、読むたびに気持ちがゆるやかに揺れ動いて、まるで散歩をしているような読書時間になる。

昨日は、長月天音さんの『ほどなく、お別れです 思い出の箱』を読み終えた。シリーズ3冊目で、主人公が葬儀場の社員として成長していく姿が描かれている。死別という誰もが避けられないテーマを扱っているから、涙をこらえながら読む場面も多いのだけれど、どこか客観的に“人の死”を見つめる視点も与えてくれる物語。

葬儀は、突然やってくる。だから、備えることも、落ち着いて対応することも難しい。
以前、新聞で葬儀屋と遺族が葬儀費用でもめる事例を読んだことがある。葬儀屋もビジネスである以上、さまざまなオプションを提案するのは当然なのかもしれないけれど、悲しみの中で判断力が鈍っている遺族が、よくわからないまま高額なプランを契約してしまう事実に、胸の奥が重たくなった。
人の死でお金儲けをしようとする人が少なからずいるという事実、それは知っておかなければならないことだと思う。

葬儀には何度か行ったことがある。けれど、葬儀の仕組みについては知らないことばかりだ。
小説という形でその世界を知ることには大きな意味がある。
今回の物語では「一日葬」というものがあることを初めて知った。通夜を行わず、告別式と火葬を一日で済ませる葬儀の形。家族の事情や価値観に合わせて、葬儀にもさまざまな選択肢があるのだ。

誰もが避けて通れないことだからこそ、事前に知識を蓄えておくことは、自分や家族を守るためにも大切だ。
そして、こうした知識を“物語”という柔らかい形で受け取れるのは、読書の大きな力のひとつだと思う。