午後から庭の草取りをして、ジムに行く予定を立てながら、カール・ジンマー『大腸菌』を読み終えた。
生きものは複雑で神秘的だ。それは人も大腸菌も変わらない。専門書に近い本だから難しくはあるけれど、物語のような筆運びに魅せられる部分も多い。特に、大腸菌が宇宙船のどこかに紛れ込み、思いがけず宇宙へ旅立ってしまう可能性について書かれた最終章が心に残った。
もし人類がいつか地球外生命体を発見したとして、それが実は地球から旅立った微生物だったとしたら。そんな逆転の可能性が、不思議と安心をもたらしてくれた。世界は想像よりずっと広く、白黒つかない領域がたくさんあって、いろんな場所に余白がある。
最近、自分の中でも「白黒つけずに置いておく」ことが増えた気がする。決めつけず、固執せず、でも放置でもない。その中間を意識し、たゆたうような姿勢でいることをよしとしている。極端な変化は苦手だけれど、スライドするように輪郭がずれていく変化なら、むしろ好きだ。
思えば、ここ最近の変化はどれもそんな“スライド”の延長にある。
たとえば、老眼になったこと。近くがぼやけたり、ピントが合いにくくなったり、世界の見え方が少しずつ変わっていく。その曖昧さを「衰え」ではなく、ただ訪れた変化として受け取っている自分がいる。
そして、お腹が出てきたこと。年齢を重ねれば身体は変わる。それを嘆くよりも、「じゃあ、どう整えていこうか」と考えるほうが今の自分には合っている。だからジムに通う。放置はしないけれど、焦りもしない。自分を追い詰めないための余白を持ちながら、できる範囲で手入れを続ける。
日々のルーティンをこなすことを重要事項にしているけれど、“変わらないこと”を望んでいるわけではない。ただ、断絶のような変化ではなく、昨日の自分と地続きの今日を生きたいだけなのだ。世界の曖昧さをそのまま受け取りながら、少しずつ形を変えていく。大腸菌が宇宙で生き延びるかもしれない、という話に安心したのも、きっとその感覚に近い。
どんなことでもありうる世界で、私は私の速度で、たゆたうように変わっていく。それでいいし、そのほうがいい。
