猫のいる場所


通勤途中、車の窓から見える一軒のお店がある。その店には、猫が7匹ほどいて、私はそこを通るたびにふっと心がほどけるのを感じる。

そこの猫たちの中には、外が好きな子もいるようでリードをつけて店先にちょこんと座っていることがある。さらに、たぶんそのお店の子ではない猫も数匹集まってきていて、車通りの多い道沿いにもかかわらず、まるで自分の庭のようにくつろいでいる。その姿が、なんともかわいらしい。

お店が休みの日は猫たちの姿が見られず、少し残念な気持ちになる。私は車の中からしか見ることができないけれど、道を歩く人たちが猫を見つけると、自然と笑みを浮かべて通り過ぎていく。その光景を目にすると、「ああ、幸せだな」と思う。そして、ただそこにいるだけで人を笑顔にする猫の魅力に、いつもなんどでも驚かされる。

猫と暮らすようになってから、私は日々、猫という生き物の魅力を発見している。人とはまったく違う姿をしているのに、こんなにも寄り添って生活できることがなんだか不思議で、そしてとてもありがたい。ふわふわの毛につつまれた命の暖かさや重さに、いつも助けらていると感じるのだ。

ヒトと暮らした最古のネコは13万1000年前の中近東で、穀物貯蔵庫のネズミを捕りにやってきたのだろうといわれている。

ネコ研究の最前線が分かって興味深い。レーザーポインター遊びはネコによくない、ネコの性格は父親で決まる、など知らなかったことがたくさん書いてあった。

日本でも平安時代にはすでに、ネコと人の関係は近しかったようだ。『源氏物語』では唐猫が御簾をめくったことで、柏木が女三の宮の姿を見てしまい、強く心惹かれる場面がある。

あるいは、『更級日記』の中に出てくる迷い猫を姉妹がこっそりと飼おうとする話も思い出す。その猫は侍従の大納言の姫君の生まれ変わりなのだと夢で告げてきて、ネコと人の暮らしの近さを感じさせる。

街の猫たちの姿にも、前よりずっと目が向くようになった。あの店の前にいる猫たちは、どの子もそれぞれに違う雰囲気をまとっていて、車の中からでもなんとなく性格が伝わってくる。のんびりしてる子、ちょっと警戒してる子、道行く人をじっと見てる子。それぞれがその場所にいる理由を持ってるみたいだ。

猫って、何かをしてくれるわけじゃないのに、そこにいるだけで空気がやわらかくなる。人の気持ちをほどく力がある。たぶん、猫自身はそんなこと気にしてないし、気づいてもいない。それでも、あの店の前を通るたびに、私は少しだけ元気になれる。そういう瞬間があるだけで、今日も悪くない日だなと思える。

猫たちがくつろいでいるあの道沿いの風景は、なんだか街の優しさの象徴みたいだ。車がびゅんびゅん通る場所なのに、猫が安心して座っていられるのは、そこにいる人たちがちゃんと猫を受け入れてるということだ。そういう場所があるって、すごくいいことだな。