庭によく来る鳥にシジュウカラがいる。
普段はつがいでやって来るが、ごくまれに混群で訪れることがある。
複数の鳥たちのおしゃべりが、庭にわっと降ってきて、そしてあっという間にやむ。
その瞬間に立ち会えた日は、ここに住むことにして本当に良かったなと思う。
庭が「かまびすしい」空間になるわずかな時間の中に、自分もまたその世界の一部として共存していることを実感できるからだ。
鈴木俊貴『僕には鳥の言葉がわかる』を読み終えた。
読み進めるほどにワクワクし、ページをめくるたびに多幸感に包まれ、読み終わりたくないと思った本は久しぶりだった。
鳥の声は意味を持った言葉であり、 仲間に知らせ、呼びかけ、警戒し、求愛しするために存在している。
言葉は人間だけが持つものではない。
その事実は、 人間もまた生き物の一種にすぎない という当たり前のことを教えてくれる。
鈴木さんの調査過程は、地道でありながら、どこか冒険物語のようでもあった。
仮説を立て、観察を積み重ね、 時には全く関係なさそうな事柄から新しい知見が生まれる。
「ああ、 学問は一本道ではなく、森の中を探索する行為 なのだな」と感じた。
興味を持ち続けること、 柔軟に考えること、 そして様々な体験を自分の中に蓄えておくこと。
それらすべてが、 学問を切り開く力になるのだ。
現代人の多くは、自然や他の生き物と切り離された世界で生活している。 けれど、それはとても不自然なことなのだと思う。
朝のスズメの声、 ヒヨドリの鋭い鳴き声、 ツバメの軽やかなさえずり。それぞれに意味のある音を、ヒトは聞き分けることができなくなった。けれど、他の動物たちは聞き分け、その声を頼りに生活しているのだろう。
他の生き物の言葉を聞き取ることは、生き方の方向を変える力を持っている。
田舎で過ごした子どもの頃の登下校を思い出す。 あの頃、鳥の声はただの“音”だったけれど、 もしこの本を読んでいたら、 毎日の道がもっと豊かで、もっと楽しかったかもしれない。
鳥たちの声が意味を持つと、 世界はこんなにもにぎやかで、 こんなにも生き物たちの気配に満ちていたのだと気づく。
- 言葉は人間だけのものではない
- 人間は自然の外側ではなく、内側にいる
- 学問は柔らかく、創造的で、時に冒険のよう
- 他の生き物の声に耳を澄ませることは、生き方を変える力を持つ
『僕には鳥の言葉がわかる』は、 世界の見え方を変える本だった。

