子どもの幸せは社会の基盤


ものすごく田舎で育った。
通った小学校は一学年一クラスしかなく、今はもう廃校になっている。
中学校は一学年六クラスあって、そこで初めて不良と呼ばれる同級生に接した。
それでも、田舎であることは変わりなく、地方特有ののんびりした雰囲気のなかで学校生活を送っていたと思う。

長崎夏海『クリオネのしっぽ』を読み終えた。

読みながらずっと胸の奥にひっかかっていたのは、「凶暴な女子中学生が本当に東京にはたくさんいるのだろうか」という戸惑いだった。

夜遅くに子どもだけで街を歩く描写が、田舎育ちの自分の実感とは重ならない。
作者は私より上の世代で、描かれている空気は、“都市の危うさ”を背景にしているからなのだろう。

けれど、そうした「時代の温度」を差し引いても、私は物語の世界に深く入り込むことができなかった。
そこにいる子どもたちは、あまりにも傷つきすぎていて、あまりにも大人の事情に振り回されすぎていて、読んでいて胸がざわついたからだ。

私の親は理不尽な親だった。それでも、ここまでではなかったと思う。寝る家も食べる物も、少しだが自由もあったから。

物語の中の“凶暴さ”は、きっと彼女たちの弱さや孤独の裏返しなのだろう。

子どもは守られるべき存在だと思う。大切にされ、尊重されるべきだとも思う。
大人になるまでは、どの子も可能な限り幸せであってほしい。
幸せな子どもが増えてほしい。
安心して眠り、安心して学校へ行き、誰かの都合に振り回されずに育っていける子どもが増えてほしい。

フィクションの世界に描かれた「影」は、現実のどこかにも確かに存在する。 でも、現実の子どもたちには、できるだけ光のほうを見てほしいと思う。 大人の無関心や不安定さが子どもを追い詰めるのではなく、子どもが安心して自分の輪郭を育てていける社会であってほしい。

子どもは社会の基盤だ。
子どもが安心して大人になれる社会であることが、社会の安定に確かにつながるのだから。