どこまでが現実か


かつて、遺伝子組み換え大豆が話題になり始めた頃、その研究をしていた人に、「遺伝子組み換えはみんなが騒ぐほど悪じゃない。」と言われたことがある。

研究していた人が言うのだから、そうなのかもしれないなと思いつつも、でもできるだけ遺伝子組み換えじゃない食べものを食べたいと思った。
新しいものは、未知の領域が多すぎる。
よく分からないものを口にするのは避けたいと思った。

松下龍之介『一次元の挿し木』を読んだ。



予想外の展開に「これはさすがにファンタジーだ」と思いながらページをめくっていたのに、読み進めるほど、その認識が静かに裏返っていく。

紫陽花、挿し木、人骨、クローン。 一見すると互いに無関係なはずの要素が、縁語のようにひそかに結びつき、気づけばその網目の中に自分の身体ごと絡め取られていた。

途中で「ああ、そういうことなのかもしれない」と推測できる場面はあった。 けれど、その推測を軽々と飛び越えていく展開が続き、心臓が音を立てるほど掴まれていく。

どっぷりと“怖さの海”に沈められるような読書体験だった。

そして読み終えたあと、ふと気づく。 これはファンタジーではなく、今の技術でも実現し得る話なのではないかということに。 その瞬間、物語の怖さが現実に滲み出してきて、背筋がひやりとした。

フィクションのはずの異常が、こちら側の世界に手を伸ばしてくるような感覚。

この作品がこのミス大賞に選ばれなかったという事実にも驚く。 では、大賞の『謎の香りはパン屋から』はいったいどんな物語なのだろう。 可愛らしい表紙からは想像がつかない。
日常の皮をかぶった異物のような、そんな何かが潜んでいるのだろうかと考え込んでしまう。

『一次元の挿し木』は、現実と非現実の境目をにじませながら、 「普通に生きることの脆さ」をそっと突きつけてくる作品だった。 すごい話だったな、と今もまだ胸の奥がざわついている。