色んな生き物と身近に暮らしてきた。
最初の記憶は白黒のウサギ。
イヌ、ネコ、ウシ、ニワトリ、カメ、メダカ、チョウ類の幼虫数種、バッタ、カナヘビ、カブトムシ、キンギョ、デグー、ハリセンボン、イベリアトゲイモリ
飼っていたものも、ただ近くにいたものもいる。
その中で、特にイヌとネコは気持ちが通じる瞬間が確かにあった。
内澤旬子『カヨと私』を読み終えた。
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読み進めるほどに、ヤギのカヨがひとりの“誰か”として立ち上がってくる。 美しくて、愛らしくて、でも気ままで、強情で、思い通りにはならないカヨ。 その存在感に、心が揺さぶられる。
私たちは動物とは言葉が通じないと思っている。
けれど一方で、気持ちは確かに通じると信じている。
言葉の外側にある体温や重み、呼吸のリズム、視線の向け方── そういう“前言語的なもの”が、むしろ真っ直ぐに届いてくる。
後半を読んでいるとき、ネコが私の上にそっと寝そべりに来た。
横になっている私の体に、あたたかな重みがじんわり伝わる。 その瞬間、ネコの体温がカヨの体温と重なって感じられ、 胸の奥が満たされるような幸福があった。
私とネコは、まったく違う種の生き物だ。
それでも、確かにお互いを受け入れ、気持ちを通じさせて生きている。 世話をしているのは私だけど、 支えてもらっているのはむしろ私のほうだと、いつも思う。
私が仕事で家にいないとき、 ネコは自分の安心できる場所で、静かに眠っているだろう。 「帰ってくる人がいる」「帰る場所がある」 その前提があるからこそ、ネコは安心して眠り、私は安心して仕事に向かえる。
他の生き物に“生かされている”という感覚。 それは、日常の中でとても大切な要素だと思う。
