「自分は運がいい方だと思う?」と人から聞かれたら「すごくいいとは思わないけれど、悪くもない」と答えると思う。
その場合の「運」は
「幸、不幸などをもたらし、状況を動かしていく、人の力ではどうすることもできない作用。巡り合わせ。運命」
『日本国語大辞典 第二版』
のことだ。
「自分には運があると思う?」と聞かれたら、「ないことはないと思うけれど、ものすごい運はないと思う」と答えるだろう。
そのときの「運」は
「幸運。しあわせ。」
『日本国語大辞典 第二版」
を頭に浮かべながら答えている。
このどちらの「運」も鎌倉時代に使われていた用例があり、古くからある言葉だ。
使われていた歴史が長く使われる機会も多いから、普段はそこまで意識していなかったけれど、そもそも「運」という表現は不思議な表現だ。
どうして、このような呼ばれ方になったのだろう。そして、どうしてこの漢字を使うのだろうか。
「運」という漢字自体は「はこぶ」「めぐる」という意味で、「軍」は戦車をめぐらすの意味を持つ漢字だから、本来は戦の場面で使われていたはずだ。そこから派生して、今の使われ方になっていったのだろう。
それはさておき、「運」の良さは「人の力ではどうすることもできない作用」ではないらしい。
自分次第なところが大きいのだという。
幸運を手にする人は、幸運を手に入れやすい考え方を持っているそうだ。
自分はどうか。
そう思えるところもあるし、全くそう思えないところもある。
考え方は自分次第であることは、よく分かっている。よく分かっているのに、マイナス思考に陥ってしまうことはある。昔からそうだ。
でも、結構な大人になった今の自分は、「マイナス思考に陥っている状況」がずっと続くわけでないことも、「思考」を転換させるいくつかの方法があることも学んでいる。
学びは自分を支えてくれることも知っている。
恐らく、多くの大人が何となくそう思っているはずだ。だから子どもに「勉強しなさい」と言いたくなる一面があるのだと思う。
最近の自分は不運だと思うことがあったら、そこから脱出するひとつのきっかけになる本である。
書かれていること全部が実践できなくても、「自分は不運の持ち主だ」とだけは思わないようにしたい。